当サイトへお越しいただき、ありがとうございます。合資会社アイティスペース代表の永田と申します。

私は、いま千葉県の鴨川市で田舎暮らしをしながらこうしてホームページ制作業を営んでいますが、出身は東京の墨田区で生まれてから 27年ほど過ごしていました。(その後成田に約10年いました)
東京にいた頃から、さまざまな仕事に就いてきましたが、どれも長くは続かず、いわゆるダメ人間でした。
そもそも、学校を出て最初に就職した外資系自動車部品メーカーが半年で吸収され、放り出されてから、風向きが変わったようで、その後 に就いた電動工作メーカーの営業職もなぜか一日中、故障した工作機械の修理しかしなかったので、数ヶ月で辞めたり、健康食品の営業職も詐欺的なセールスに ついて行けず2年と持ちませんでした。
そして、25歳の時に軽自動車運送業で独立しました。赤帽というヤツです。
仕事を取るために先輩方を見習って、一件一件訪問営業もしてみましたが、あまりの効率の悪さとまったく相手にされないことに耐えられず、ない知恵を絞り電 話帳を使ったダイレクトメールを試したところ、ぽつぽつと仕事が舞い込むようになりました。
今思えば、この時はじめてマーケティングというものをわけもわからずに実践していたのかもしれません。
しかし、良い時代はそんなに長くも続かず、運送料金の単価は年々悪くなっていくのがわかっていました。
そんなときに、インターネットというものの存在を知りました。
とは言っても、自分のまわりにはコンピュータに詳しい人間など一人もおらず、今のようにコンピュータ関連の書籍もほとんどない時代で したから、借金で100万円を作りコンピュータの学校に通いました。
とにかく時間がないので、早く習得するために昼間と夜で2カ所の学校に通いましたが、夜間に通った学校は、校長が Windows3.11を日本語化したとかなんとかで当時は有名な方でありました。
何度か、直接指導も受けましたが、このときの経験が後にHTMLやWebデザインなどを独学でマスターする過程でとても役に立ちまし た。単に使い方を教えるのではなくて、とにかく自分で解決策を探させることに力を入れたユニークな授業でした。(残念ながらこのスクールはもうなくなって しまいました。)
その後、Microsoftのオフィシャルトレーナーの資格を取得して、ヘルプデスクの仕事から都市銀行のシステム管理の職へとス テップアップを重ねていきました。
そして、健康食品の通販サイトを立ち上げ2度目の独立を果たしましたが、これもそう簡単には売り上げが上がるはずもなくしばらくは、 アルバイトをしながら来る日も来る日もホームページをいじくる生活が続きました。
収入の面でいえば、明らかにアルバイトの方が本業と呼ぶにはふさわしかったのですが、こちらも意地になって「絶対に売れるまで止めな い!」と思い、さまざまなマーケティングの本やネットビジネス、SEO、成功哲学、ユダヤの商法まで、とにかく読みまくりました。
同時にセミナーや懇親会にも足繁く通いましたし、○○実践会とか、××虎の穴とかかなり怪しい会にもいくつも加入しました。
結局どれも、その通りやれば成功できるといった特効薬的な効果はなく、いろいろ試してさんざんお金を使ったあげく、気づいたのは、 「商いは飽きない」でコツコツやることとお客さんが求めていることに応えることで対価が支払われるということで、テクニック的なことはその後の話だという ことでした。
そんなことは、よく考えたら松下幸之助の「商売心得帖」(500円)に書いてあることなのですが、勘の悪い私はそこに至るまで、高い マニュアルやセミナーにウン百万円も使わなければわからなかったのです。
ただ、幸いにその間やってきたことはまったく無駄ではなかったようで、ホームページもうまく作れるようになっただけではなく、どのよ うな作り込みをするとどういった結果になるのかといったことが肌でわかるようになってきたようで、まったくダメだった通販サイトも月商で100万円を超え るようになってきました。(この通販サイトはM&Aで現在は他社が運営しています。)
こうして、これまでの経歴を書いてみると我ながら恥ずかしい限りで、転職の多さに「ダメ人間」扱いされた時期もありましたが、今ホー ムページ制作という、いろんな業種についてサイトを制作する立場になってみると、こんな経歴でも役に立つことが意外と多く、同じ業界に長くいた人間よりも 柔軟に対応できることがあるようです。
ホームページに関することで相談したいことがあれば、お気軽にご相談ください。
人一倍失敗をしている私の経験がお役に立てるかもしれません。
永田 豪